BOØWYの記録

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【ファンクラブ入ってください】1979年XX月XX日 前橋市某所 デスペナルティ

寺西修

『1979年XX月XX日 前橋市某所』セットリスト&MC

寺西「しばらくお待ちください。OK、じゃあ、最初の曲、やります。」

01.宿無し

寺西「じゃあ、次の曲『売春ロック』。OK、『売春ロック』Come On!」

02.売春ロック

寺西「どうもありがとう。3曲目は『銃爪』。」

03.銃爪

寺西「どうもありがとう。え~と、『デスペナルティ』です。メンバー紹介いきます。まず、ドラムやってます、彼、XXXXXが生んだ大スター福田昭です。続いて、うちのバンドで一番、練習熱心な、ベースギター担当松井恒二です。続いて、ギター担当の菊地です。それから、新しく新メンバーが、入りました。あの~、彼が入ってから、だいぶ、うちのバンドの音が変わりました。ギターの田中君ですヨロシク。それから今日お手伝いしてくれます、バックコーラスやってくれるアイカワさんです。それから、司会やってます寺西です。そいじゃ、次の曲、『酔って候』。」

04.酔って候

寺西「どうもありがとう。じゃあ、次はオリジナルで『チュルル』っていう歌、バンドのメンバーが一番、気に入ってる歌です。知ってたら一緒に歌って。」

05.チュルル

寺西「OK、どうもありがとう。じゃ、次の曲『HEY DARLING』。※間違い」

06.時は流れて

寺西「どうもありがとう。次もまたおとなしい曲で『HEY DARLING』っていう歌、聴いてください。ちょっと待って。あ、そうだ、あの~、うちのバンド高崎で活動やってんだけど、え~と~、今度、なんか正式にファンクラブっていうのができて、それで、もし前橋の人で、前橋でやるの初めてなんで、なんか、けど、何言って(笑)あの~、もしよければ、ファンクラブ入ってください。じゃあ、『HEY DARLING』。」

07.HEY DARLING

寺西「どうもありがとう。じゃあ、早いもので、もう予定の曲、半分以上とっくに終わりまして、えっと、最後の2曲『マギー』と『あんたのバラード』、両方とも世良公則の曲なんですけど、聴いてください。」

08.マギー

寺西「OKありがとう。今日はどうも、ホントに、ノッてくれて、いいお客さんでホントにどうもありがとう。最後の曲、『あんたのバラード』聴いてください。」

09.あんたのバラード

寺西「OK、ホントにどうもありがとう。デスペナルティですヨロシク。」

『1979年XX月XX日 前橋市某所』メモ

後にBOØWYのメンバーとなる、寺西修、松井恒二、菊地篤が高校時代に組んだアマチュアバンド『デスペナルティ』の前橋市某所でのライブ。
この時のメンバーは以下のとおり。

ボーカル 寺西修 後に氷室狂介として『暴威』結成
ギター 田中勝利 後に『河井拓実&THIRD』に参加
ギター 菊地篤 後に諸星アツシとして『暴威』に参加
ベース 松井恒二 後に松井恒松 として『暴威』に参加
ドラム 福田昭  
バックコーラス アイカワ(女性)  

2曲目の『売春ロック』、5曲目の『チュルル』(後のBOØWYの楽曲『CHU-RU-LU』)はオリジナル、それ以外は『世良公則&ツイスト』、『柳ジョージ&レイニーウッド』の曲を演奏しており、この時期の寺西の音楽的趣向が垣間見えます。

・宿無し:世良公則&ツイスト
・銃爪:世良公則&ツイスト
・酔って候:柳ジョージ&レイニーウッド
・時は流れて:柳ジョージ&レイニーウッド
・HEY DARLING:柳ジョージ&レイニーウッド
・マギー:世良公則&ツイスト
・あんたのバラード:世良公則&ツイスト

1979年某日のライブ音源として出回っていますが、『デスペナルティ』は高校卒業(1979年3月)を機に一旦解散しています。

となると、このライブは1979年1~3月に開催されたのでしょうか?
それとも、数ヶ月後に『デスペナルティ』が再結成された後のライブでしょうか?

ヒントは『HEY DARLING』にあります。
『酔って候』、『時は流れて』、『HEY DARLING』はいずれも柳ジョージ&レイニーウッドのファーストアルバム『TIME IN CHANGES』(1978年2月1日リリース)に収録されており、『HEY DARLING』の歌詞は英語です。
翌年の1979年4月1日に『HEY DARLING』は『ヘイ・ダーリン』として日本語詞であらためてリリースされています。
この時のライブでは『HEY DARLING』(英詞)を演っていますので、1979年1~3月に開催された可能性が高いのではないかと思います。