【『BOØWY』初代ドラマー】『木村マモル』の『暴威』加入前から現在まで

木村マモル

 

『暴威』加入前

1970年代初頭、木村マモルは京都でブルースバンド『合資会社』のドラマーとして活動(『木村まもる』名義)。
主に『オールマン・ブラザーズ・バンド』のコピーをやっていたようです。

木村マモル

『合資会社』解散後、『スピニッヂ・パワー』のリーダー野村哲也に誘われ『スピニッヂ・パワー』(第3期)にドラマーとして加入します。

ボーカルは寺西修一(氷室京介)。

1980年9月5日にリリースした『HOT SUMMER RAIN』をひっさげ、TBS『11時に歌いましょう』(10月1日放映)に出演するなど露出を増やしてヒットを仕掛けるも、この年は平年より1~4℃以上低い記録的な冷夏だったという事もあり不発。

その後、メンバーと事務所(ビーイング)間で協議した結果『スピニッヂ・パワー』は解散します。

サポートドラマーとして『暴威』に加入

氷室は事務所に新しくバンドを結成する事を申し出、許可を得た上で、同郷の布袋寅泰、松井恒松、深沢和明、諸星アツシの5人で『暴威』を結成。

木村は氷室からの要請を受けるも、ゆくゆくはプロデュースワークをビジネスにしたいので「正式なドラマーが決まるまで」という約束で、サポートドラマーとして『暴威』に加入、数回のライブ、1stアルバム『MORAL』のレコーディングでドラムを叩きます。

しかし、レコーディングの大半が終了した頃、木村は当初の約束通り『暴威』からの脱退を申し出ます。
1981年5月11日のデビューライブを最後に高橋まことと入れ替わるようにして脱退。

そのため、アルバム『MORAL』(1982年3月21日リリース)のうち大半の曲のドラムは木村ですが、『MASS AGE』 と『MORAL』の2曲は高橋が叩いた音源になっています

プロデューサーとして活動

1983年、前年に深沢、諸星が脱退して4人編成となった『BOØWY』はセルフプロデュースのためビーイングを離脱、プライベートオフィス『Ø-connection』を設立します。

木村は『BOØWY』の2ndアルバム『INSTANT LOVE』(1983年9月25日リリース)をプロデュース。

その後、キングレコードのディレクターとして『ROGUE』のデビューアルバム『ROGUE』(1985年リリース)、遠藤ミチロウの以下のアルバムを『木村守』名義でプロデュース、そして、それぞれ以下の別名でドラムスとして参加します。

アルバム
名義
オデッセイ・1985・SEX
SEKKAN2
破産
ナイーヴ・ナーヴァス

『破産』にはコーラスで錦城薫という女性が参加しましたが、後年、木村は錦城のデビューシングル『赤い華』(1988年8月21日リリース)の編曲を『木村守』名義で手掛けます。

作詞 作曲 編曲
 錦城薫 錦城薫 木村守・山際築

この曲は、テレビ朝日系木曜ドラマ『避暑地の猫』のエンディングテーマとして使用されました。

2ndシングル『CRONUS・CRONUS』(1989年リリース)では、『木村マモル』名義で編曲を手掛けています。

作詞 作曲 編曲
 錦城薫 錦城薫 木村マモル

ソロ活動

2012年、木村は『SEIHITSU』名義で音楽配信サイトにて楽曲を配信。

SEIHITSU

出典:http://gmsc.giga.co.jp/jsp/html.jsp?tmp=label/00073/artist/ar613341&stcd=08

同時にFacebookTwitterのアカウントも開設していましたが、記事やつぶやきの投稿はないようです。
YouTubeでは『seihitsuchannel』というチャンネルを開設していますが、『Venture Man』という楽曲だけが投稿されていました。

その後、2020年現在までの消息は不明です。